永久ベゴニアact 005

 特殊な光線で青白く照らされた岩肌から、黄金色の燐光がいくつも立ち上っていた。そこここに空いた大きなクレーターや角度によって切り口がオパールみたいに輝く岩はひどく幻想的だ。

 長谷部は岩場の一つに跪き、小さな式神型アンドロイドに向かって懇願していた。

「昨晩、武蔵の国の本丸が歴史修正主義者に急襲された。主は結界を張って凌いでいるが、それも時間の問題だ。どうか非常用ゲートを使って彼女を避難させてほしい」
「それは困ります」

 こんのすけは前肢でヒゲをしごいた。

「よろしいですか。審神者を本丸から強制退去させるということは、刀剣男士が敵の手に落ちるということですよ」
「だから?」
「――だから、あなたの望みを叶えれば、あなたの仲間をすべて鎔かすことになるのです。それに、彼女の息子だって助からないでしょう」
「構わない」

 長谷部はあえぐように言った。

「あの方さえ助かるなら、他のやつらなんて知ったことか」

 結局のところ、やはり彼は主の言いたいことを理解していなかったのだ。こんのすけは昆虫のような瞳で彼を見つめていたが、急に耳をぴくぴくさせた。灰色のこんのすけが、器用に岩の間を跳んできた。

「報告です」

 新しく登場したアンドロイドは、こんのすけの前に行儀よく座った。

「武蔵の国で、先ほど審神者が人柱となり本丸の結界を補強しました。これにより、我々の部隊が到着するまでの間、刀剣男士の安全は完全に保障されます……なにか問題でも?」
「なにも問題ない」

 こんのすけの目の前で一人の男が消え、代わりに立派な打刀が音をたてて岩場に落ちた。彼はそれを苦労して背中に載せると岩場の奥に姿を消した。


 十年後。

 離れにある薄暗い蔵のなかで、小柄な少年が古ぼけた柳行李から顔をあげた。母親譲りの巻き毛に柳のような眉。大きな瞳には、不思議な三日月模様が入っている。

 彼は真剣な表情で黄色い小箱を開け、飛び出した人形に絶叫した。派手な化粧をして白いリボンを巻いたピエロだ。少年は人形をにらみつけると、蔵を漁り始めた原因を思い出した。先日、鶴丸に刀装づくりを手伝ってもらったときのことだ。

「ねえ、どうして“三日月宗近”と“へし切長谷部”は顕現しないのかな?」

 少年は、消し炭になった刀装にため息をついて言った。

「きみのせいじゃない」
「だれが原因だとかはどうでもいいんだよ。ただ、ぼくは彼らに会えないのかなあ……」
「さあな。だが、時薬は偉大だぜ。少なくとも三日月は力を使いすぎて休んでいるだけだ。いずれ目を覚ますだろう」
「じゃあ、長谷部ってひとは?」

 鶴丸は目をそらした。そして、少年がいくらきいても明確なこたえを返してくれなかった。だから、彼は自力でへし切長谷部について調べようと思ったのだ。しかし――

(お母さんは、結構ずぼらな性格だったのかもしれないな)

 柳行李のなかには、母親の私物が好き勝手に詰め込まれていた。そのどれも子どもっぽくて、他愛ないものばかりだ。大ぶりの巻貝や手編みの人形、古いビールの王冠……。

 少年は、それらを困った顔で見回していたが、ふいにある品物に目をひきつけられた。ひと目で高級とわかるシルクの黒い巾着だ。触ってみると硬く、なかに何か入っているようだった。彼は何重にもぐるぐる巻きにされた紐をとき、袋を逆さまにした。

 しかし、倉庫の床に転がっていくものを見て、彼は深いため息をついた。そこには少年が期待したような面白いものは入っていなかった。古ぼけた紫色のポンポン。しかも、祭りの出店で売っているようなひどく安っぽいものだ。

 彼は、なぜ母親がこんなつまらない品を後生大事に取っておいたのか理解できなかった。
 少年は訝しそうに髪ゴムをためつすがめつし、結局のびた前髪をそれで結んだ。

 それから、しばらく辛抱強く柳行李のなかを探していたが、彼の望むもの(たとえば母親の日記だとか)は見つからなかった。いつの間にか、鉄格子の入った窓から西日が差しこんでいる。彼はのびをして、明日は本丸の刀剣たちに長谷部についてきいてまわろうと考えた。

 そのとき、急に不快なにおいが鼻をついた。魚が腐ったような生臭さだ。彼はにおいの元凶を探そうと周囲を見回して凍りついた。

 どこからまぎれこんだのか、敵の短刀が鉄格子のところでとぐろを巻いていたのだ。そいつは、蛇のようにシューッという音をたてると、鎌首をもたげて襲いかかって来た。

 少年はとっさに頭を抱えて床に転がった。壁と刃物がぶつかる音がして、短刀がいらだったようにシューッと鳴いた。そのまま、方向転換して襲いかかって来る。彼の動きがあまりにすばやかったので、少年は思わず目をつむってしまった。

 しかし、覚悟した痛みはいつまでもやって来なかった。

 代わりに刀同士が鍔迫り合いをする鋭い音が響いた。半透明の男が、短刀の前に立ちふさがって少年を守っていた。初めて見るひとだ。茶色い短髪で、背が高く痩せている。紫苑色の上着は上等そうだが、ところどころ薄汚れて見えた。

 彼は力任せに短刀を押し出し、すばやく切り捨てた。そして、ゆっくり少年を振り返った。

「主……」

 彼は少年のポンポンを見つめると、いまにも泣き出しそうな顔で微笑んだ。

「迎えにきてくれたんですね」

 そう言ったとたん、彼の身体は光でできた織物のように解けてしまった。しばらく名残りのように蛍に似た燐光が光っていたが、それもやがて消えた。あとには、血のように赤い柄の打刀が落ちているだけだ。

 少年は、渋い顔の鶴丸がやって来て刀を取り上げるまで、その場を動くことができなかった。彼はしかめ面で少年を見下ろしていたが、ため息をついてその頭を撫でてやった。

「長谷部に会ったな」
「たぶんね。でも、消えちゃった」
「消えてないさ。こいつは折れちゃいないからな。ただ、少し心が疲れているだけなんだ。ときが来れば、必ず目を覚ます」
「うん」

 鶴丸は少年の髪をかき混ぜようとして、目を見開いた。

「きみ、その髪飾りはどうした?」
「お母さんの行李から見つけたんだ。大切そうにしまわれてたから、きっと宝物だと思うよ」

 しかし、少年はすぐ自分の言葉を訂正したくなった。彼の言葉に鶴丸がひどく傷ついた顔をしたからだ。

「どうしたの?」
「いいや。だが、きっとおれは決断を急ぎすぎたんだな……」

 鶴丸は苦しそうに言うと少年の背を押して出口へ追い立てた。やがて、鈍い音とともに閂が落ち、蔵のなかは再び静寂に戻ったのだった。



※長谷部の愛し方は、スネイプ先生のパロディです。