One Last Timeact 06

 軍部を揺るがすスキャンダルのあと、神秘部の処置によって幼い少女は、審神者の資格と記憶をはく奪され、一般家庭の養子になった。


 日曜の午後。
 まばゆい日がさしこむ自室で、険しい顔の少女が棚の整理をしていた。ガラス戸を両開きにして、なかに頭をつっこんでいる。

 彼女は、「売る」とか「売らない」だとかつぶやきながら、床の麻袋に品物を放りこんでいった。いまのところ、「売らない」に入っているのは、老夫婦と少女が幸せそうに微笑んでいる写真だけだ。

 彼女は、壁に掛けてあったお気に入りの絵をにらみつけると、ため息を吐いて「売る」の袋に投げ捨てた。

(うちは貧乏なんだから、チャリティ活動なんか無理に参加する必要ないのに……)

 少女は先週の金曜日のことを思い出し、眉間のしわをもんだ。養母は、貧しいことが原因で、学校で肩身の狭い思いをしてほしくないと考えているのだ。だから、少女が献金の手紙を隠していたと知り、たいそう悲しんだ。

 そして、彼女の知らぬ間に思い出の品を質に入れ、チャリティ用の金を準備してしまったのだ。少女は、なんとしても養母の指輪を買い戻すつもりだった。

 そのとき、棚の中板が外れ、二段目の本が音をたてて床に落ちた。表紙に、虎と少年が描かれている絵本。青いコートに赤い帽子をかぶったクマの本、鮮やかな色の竜と子どもの本。

 少女は、迷いなく「売る」の袋に入れた。しかし、最後の一冊を手にとったとき、なにかに引き寄せられるように、表紙を開いていた。

 それは、刀剣についての資料集だった。カラー写真に、小さな字で来歴や由来が説明されている。赤いマーカー線が随所にあり、持ち主が非常に熱心にそれらについて学んでいたのがわかった。

 少女は、夢うつつのような目でページを繰っていたが、やがてあるところで手を止めた。つぶした燐寸箱が栞のように挟んであったのだ。

 そこには、大きな筆文字で“刀派 粟田口”と書かれている。臙脂の柄の乱藤四郎。白地に黒い水玉の五虎退。白い柄に黒い鞘の薬研藤四郎。そして――

「一期一振……」

 朱塗りの鞘に金色の模様が入った美しい太刀だった。そして、なにより驚くべきはその柄に、みすぼらしい赤いリボンが巻かれていたことだ。

 少女は、ひとさし指で何度も一期をなぞった。不思議なことに、“彼”とそのリボンを見ていると胸がつぶれるようなひどく悲しい気持ちになった。

 ふいに、ページに水滴が落ち、ゆっくり染みこんでいった。彼女はあわててハンカチで拭いたが、拭いても拭いてもすぐ別の場所に涙をこぼしてしまうのだった。いつの間にか、少女は本を抱きしめて、この世の終わりのように泣きじゃくった。

「どうしたね?」

 少女の泣き声を聞きつけて、養母が部屋に入って来た。彼女は資料集を見て、青ざめたが、すぐ少女を抱きしめ背中をたたいてやった。

「わからないの。ただ、悲しくてしかたない」
「どうして、悲しくなったんだい?」

 少女はいやいやをするように首を振った。そして、小声でつけ加えた。

「一期を見るとこうなるの」
「そうか。わたしの娘は、一期一振にハートを奪われちまったんだねえ」
「ハート?」
「――愛しているってことさ」

 養母は、力強く少女を抱きしめた。先のない初恋をした少女が憐れでたまらなかった。彼女は男を待つかもしれないが、男は永久に彼女のもとに訪れないのだ。

 少女は、養母の胸にもたれかかってつぶやいた。

「彼らが、とても懐かしいの。なんだか長い夢を見ていたみたい」
「――いい夢だったんだね」
「ええ。とっても」

 少女は、一期一振を震える指でさすった。

「もしかしたら、夢じゃないかもしれないね」

 また、彼女の瞳から涙がこぼれ、ページに落ちた。一期一振の写真は滲み、赤いリボンが存在したかさえ、もうわからなかった。