ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 001

 生徒会室。

 午後の日差しが室内を明るく照らしている。天祥院英智は書きかけのペンを休め、ワークチェアにもたれかかった。窓の外では一年生が笑いながらダンスの練習をしていた。

「この学院もずいぶん平和になったね」

 優しげな眼差し。

「少し前まで、生徒会の目が届く場所で特訓するユニットなんて考えられなかった。みんなぼくらを警戒――おそれていたからね」
「耳障りなら止めに行くぞ」
「そういう意味じゃないよ。敬人」

 英智は従順な猟犬のように指示を待つ副会長に微笑した。

「つまり、この学院はすでにぼくの手を離れているんだ。生徒会に以前の拘束力はない。それは大部分の生徒にとってすばらしいことだけれど……言い換えれば、これから学院の秩序は『個人』が守っていく」
「ああ。貴様ばかりが重荷を負う時代は終わった。言いたいことはわかるが、その件について、むかしほど懸念はなくなったと思える」
「何故? 敬人はだれのことを考えているのかな? きっとぼくと同じ少女だね」

 英智は頬を緩め、書類の文字を軽くたたいた。

「そう。あんずちゃんは学院の女神。彼女自身にさしたる力はないけれど、アイドルに必要な自信と勇気を与えてくれる。どれほど困難な舞台でも、この子さえいれば、この子のためなら、と思わせる人間は貴重だ。彼女が拠りどころとなって、夢ノ咲はいま美しいアンサンブルを奏でている」
「……英智が手放しでひとを褒めるのは珍しいな」
「さすが敬人。ぼくをよく理解しているね――その通り。ぼくはあんずちゃんを夢ノ咲の火薬庫だと思っている。欲望も権力もない。でも、彼女を慕うのは強力なユニットばかりだ。古豪『Knights』に『流星隊』。とくに『Knights』はジャッジメント以降、彼女を女王のように敬愛している。曲者ぞろいの『UNDEAD』を飼いならし、宿敵『Trickstar』とは言わずもがな。もちろん、きみ擁する『紅月』もそうだろう」
「おれたちは『プロデューサー』に骨抜きにされていない」
「理解しているよ。でも、敬人は優しいから、あんずちゃんが困っていたら手を差しのべるよね。そして、『紅月』のリーダーにそういう便宜を求める輩は大勢いる。たとえ小さな親切でも、彼らにとってあんずちゃんは選ばれた存在なんだ」

 沈黙。
 敬人は唇を噛んで目を伏せた。そのとき、白いハトが二人の会話を遮るように飛んできて、彼の頭にとまった。そして次の瞬間、紙テープや色紙をまき散らしながら破裂したのだった。

「Amazing! 見事な驚きっぷりです。ハトが豆鉄砲を食らったようでしたよ!」
「日々樹渉……痴れ者め。消えろ! いま英智と真剣な話しをしているんだ」
「ふむ。皇帝が忠実な臣下をからかって遊んでいるようなので、交ぜてもらおうかと思ったのですが……残念です。――ハッ、もしやこれが愛の試練なのでしょうか!?」

 渉は特徴的な長髪を振り乱し、大げさに嘆いてみせた。窓から差しこむ光が彼を照らし、まるで舞台を観ているようだ。英智はため息を吐いて、書類に視線を戻した。

「相変わらず、きみは敬人や氷鷹くんには甘いよね」
「親愛なる陛下! なんとつまらないことをおっしゃるのでしょう。わたしは一介の愛の伝道師。行動に意味はなく、『皇帝』が心を割く価値もありません」
「そうだぞ英智。こんな変態を相手にするな――それより」

 敬人はメガネを押し上げ、英智をにらみつけた。

「貴様、今度はなにを企んでいる」
「なんのことかな。さて敬人、これにサインしてくれないか。A1の開催は会長と副会長の承認が必要だからね」
「A1……こんな時期に?」

 敬人は眉をひそめながらファイルを受け取り、絶句した。みるみる顔が蒼ざめ、やがて信じられないというように首を振った。

「英智、いったいなんの冗談だ?」
「冗談じゃない。ぼくはいつでも本気さ」
「こんなドリフェス、認めるわけにはいかない! わかっているだろう。どうして貴様がこんなものを企画するんだ!」

 机にファイルをたたきつける音が生徒会室に響いた。実際、敬人は英智に説明を求めていたのだが、彼はわざと気づかないふりをしていた。
 気づまりな沈黙。
 突然、華奢な手がにゅっと伸び、書類を掠め取った。

「えーと、なになに。つぎに開催されるドリフェスはA1で――なーんだ。雑魚どものライブじゃん! それで、ヘッドハンティング……ユニット間で……強制参加? なにこれ、意味わかんない。弓弦、説明しろ!」
「かしこまりました。桃李坊ちゃま」

 弓弦はファイルを受け取り、素早く目を通した。読み終わったとき、困惑するように眉をひそめたが、それはすぐ穏やかな微笑の下に隠されてしまった。

「そうですね……坊ちゃま。A1が、結成したばかりのユニットや新入生限定のドリフェスなのはご存知でしょう」
「当たり前だろ!」
「ようございました。元来A1は、不慣れなユニットのための初心者ステージです。彼らは勝利のため仲間たちと支え合い、切磋琢磨しながら成長していく。それができないユニットは敗北し、やがて解散します。なかには新しい仲間と出会い、再び挑戦しに来る生徒もいるでしょう。つまり、A1とは、もともとそういう場なのです」
「もっと簡単に言ってよ〜」
「……会長さまが企画したA1は、ベテランユニットも少数限定で参加可能、新規ユニットは強制参加。そして、勝者はメンバーを一人、自由に引き抜くことができるのです」
「こんなドリフェスを開催すれば、必ず不満が噴出する」

 敬人は首を振ったが、それに反論したのは意外な人物だった。

「ええ〜、ボクは大賛成ですよ!」

 桃李がいたずらっ子のように目を輝かせた。

「だってね、すごいことに気づいちゃったんだもん――会長、新規ユニットは『全員』強制参加なんですよね!」
「そうだよ。かわいい桃李」
「つまり、まだユニットに所属していない生徒も参加するんでしょう。それってつまり、奴隷二号を『fine』に入れるチャンスじゃないですか〜!」
「不可能だ」

 敬人が勢いよくふり返った。

「転校生はプロデュース科で、アイドル科じゃない。ドリフェスに参加するのは無理だ」
「いいや。彼女もこのA1の対象だよ。プロデュース科だってユニットに所属できるしね。椚先生から許可も取った」
「英智……」

 敬人は深いため息を吐き、真剣な目つきで幼なじみを見つめた。

「考えなしの馬鹿どもは、以前の貴様を独裁者だとほざいている。だが、おれはいまも貴様が間違っていたとは思わん。あの暗黒時代を終わらせるには、特出した才能が必要だった。革命の後、学院の秩序を短期間で整えられたのも貴様だからだ。愚かな大衆による民主政治と優れた指導者による独裁政治なら、おれは迷わず後者を選ぶ」
「ありがとう、敬人――で、なにが言いたいんだい?」
「おれは英智を信じている。今度の件もおれのような凡愚には計れない旨意があるのだろう。だが、それがわからないまま……協力することはできない」
「いいよ。敬人は、敬人が正しいと思ったことをすべきだ。それが、ぼくの望みだよ」

 二人は、お互いの瞳に親しい友人だけが浮かべられる温もりを見た。敬人の胸から焦りが消え、闘争心に火がついた。心地よく、さわやかな気分だった。

「『紅月』もそのA1にエントリーしよう。貴様に紅白の衣装を着せてやる」

 そして、ふっ切れたように笑うと書類を持って部屋を出て行ったのだった。

「Amazing!」

 扉も閉まり切らないうち、渉がさけんだ。

「敬人くんは『喧嘩祭』以来、変わりましたね。あなたと向き合うようになりました。それを確かめたかったのですか?」
「そうだけど、それだけじゃないよ。きみは理解しているだろう」
「道化ごときに、いと高き方の心はわかりません」

 渉は鼻歌を歌いながら窓を開け、大きく身を乗り出した。

「さあ、大嵐がやって来ますよ! 我らが姫君は、だれを王子に選び、如何にこの危機を乗り越えるのか。待て。しかして希望せよ!」


 三週間後。

 あんずは周囲をうかがいながら、早足で廊下を進んでいた。
 放課後の部活棟は不気味に静まり返り、夕陽が影を長く伸ばしている。まるで鏡の国に迷いこんだようだった。あんずの心臓は、先ほどからずっと早鐘を打ち鳴らしていた。

 ふつう、この時間の部活棟は授業から解放された生徒で賑わっている。
 しかし、今日は生徒会主催のドリフェスが開かれるため、ほとんどひと気がなかった。実際、あんずも『Trickstar』とA1――『ミッドナイト・パレード』を観戦する予定だったのだ。

 だが、スバルに頼まれ、部活棟へ忘れ物を取りに来ていた。おそらくこれも口実に過ぎないだろう。最近、『Trickstar』はユニットだけでミーティングすることが多かった。
 彼女が現れると気まずそうに顔を見合わせ、話題を替えてしまう。

 あんずは立ち止まり、開けっ放しの窓から沈む太陽を見つめた。そして胸のうちから、ある感情が湧き出すのを感じていた。

 ふいに、廊下の奥から軽やかな足音が響いてきた。それは徐々にこちらへ近づいて来る。あんずは一歩後ずさって、考え直した。もしかしたら、『Trickstar』のだれかが迎えにきてくれたのかもしれない……。

 もちろん、それは間違いだった。

 淡黄色の髪が夕陽に照らされ、美しく輝いている。ほっそりした長身に、穏やかな眼差し。窓から吹きこんだ風が、純白のジャケットを軽く揺らした。

「英智さん……」

 そこにいたのは、夢ノ咲が誇る最強ユニット『fine』のリーダーだった。

「やあ、あんずちゃん。こんなところでなにをしているんだい? もうすぐ『パレード』が始まってしまうよ」
「――あの掲示は、本当ですか?」
「掲示?」

 目を細くすがめる英智を見て、あんずはスカートのすそをいじった。

「今回のA1『ミッドナイト・パレード』では、メンバーの引き抜きが行われるんですか?」
「そうだよ」
「それは――おかしいと思います。『力』で手に入れたものは、いつか『力』で奪われてしまう。いたちごっこです。本当の仲間は、目に見えない絆で結ばれているから……」
「助言は求めていないよ。ぼくに意見するなら、『パレード』で優勝することだ」
「優勝?」

 英智は首を傾げるあんずを見て、珍しく本気で驚いたようだった。目を丸め、結局、深いため息を吐いた。

「崇拝者たちは、きみを珠玉の玉のように取り扱っているようだね。それは愛かもしれないが、向けられる側は不幸だ。もちろん、様々な思惑が交錯しているのだろうけれど」
「待ってください――優勝って、どういう意味ですか?」
「それだけの意味さ。きみも『パレード』の対象で、奪い奪われる側だ。それがいやなら、勝ち抜くしかない」
「そんな……」
「優勝は、一番早くアイドル科校舎の屋上で、鐘を鳴らした生徒だ。各ユニットは、ランクごとにスタート地点がちがう。有力ユニットほど屋上に近く、実績の低いユニットやはぐれの生徒は、校庭で舞台を確保するところから始めなくてはならない。根城に潜み、目当てのユニットが罠にかかるのを待つか、欠員をおそれず屋上に向かうか。ユニットの戦略が問われる。ちなみに優勝者は、生徒会が望みを一つ叶えるから、きみにも頑張ってほしいな」
「英智さん」

 あんずは何度か口を開けたり閉じたりしたのち、覚悟を決めて尋ねた。

「みんなは……知っていたんでしょうか?」
「うん。だろうね」

 あんずの胸に大きな衝撃が走った。それは心に風穴を開け、彼女をひどく苦しめた。追い払ったはずの感情――孤独がぶり返してきたのだ。
 英智は蒼ざめた少女を観察するように眺めた。

「助けてほしいかい?」
「助け?」
「勝負に負ければ、きみはそのユニットの専属になる。二度と『Trickstar』をプロデュースできないだろう。回避する方法は三通りだ。一つは、『ミッドナイト・パレード』で優勝すること。二つは、終了まで上手く隠れていること。三つは、信頼できるユニットに臨時所属すること。そして、この件について、ぼくら『fine』も協力するにやぶさかでないよ。かわいい桃李がきみをご所望だからね」
「――なにが狙いなんですか?」

 英智は微笑してあごに指をあてた。

「そんなものないよ。ぼくはいつも学院の繁栄を祈っている。だから、劇物のきみをつまらないユニットに委ねるわけにはいかないんだ」
「他意はない……?」
「もちろん」

 あんずは縋るような視線を英智に向けた。天秤が揺れ動き、彼に頼るよう唆した。しかし、いざうなずこうとすると『Trickstar』の顔ぶれが目の裏に蘇るのだった。

(みんなは、どうして本当のことを話してくれなかったんだろう……)

「さあ、ぼくの手を取って」

 細いが、男性らしく筋張った手が伸ばされる。あんずは英智と彼の掌を見比べた。華奢な白い手が少しずつ英智に近づいていく。ようやく二つが重なろうとしたとき、誰かがあんずを力いっぱい引き寄せた。

「やれやれ。間一髪だな。嬢ちゃん」
「あんず殿、ご無事であったか!」

 『紅月』の紅郎があんずを俵担ぎし、颯馬は抜刀して英智と向かい合った。

「ここがわかったのは敬人の入れ知恵かな? その割に本人の姿がないけれど」
「蓮巳の旦那は足が遅えからな。そのうち追いつくだろ」
「なるほど。きみたちの飛びぬけた運動神経を侮っていたようだ」

 鬱陶しげなため息。

「ぼくのシナリオでは、ここに『紅月』の出番はなかったからね」
「ごちゃごちゃ抜かすな暴君! 貴様があんず殿を誑かそうとしていたのは明白である。そこに直れ。刀の錆びにしてくれるわ!」

 眼前に突きつけられた刃を見ても、英智は軽く眉をひそめただけだった。

「敬人は後輩の躾けも満足にできないのかな。ぼくは彼女を助けようとしただけだよ」
「助ける?」
「『fine』(ぼくら)が気に食わないなら、きみたち『紅月』に入れてあげるといい。彼女ひとりで『パレード』を生き抜くのは不可能だ」
「ふむ……貴殿の言うことは一理あるな」

 颯馬は刀を納め、あんずをふり返った。

「どうだろう、あんず殿。臨時という形だが、このふざけたドリフェスが終わるまで『紅月』に入らないか?」
「それは――」
「論外だ……神崎」

 額に汗を浮かべた敬人が手すりに縋りつきながら、階段を上って来た。紅白の衣装はだらしなく着崩され、ここに来るまで彼がどれほど苦労したのか物語るようだった。

「何故であるか。蓮巳殿! 確かにあんず殿とは一度敵対したが、それはもう過ぎたことであろう!」
「貴様まで英智の弁舌に巻かれるんじゃない。こいつは口先三寸で生きてきた節があるからな」
「きみに言われたくはないんだけれど……」

 敬人は肩で息をしながら不敵に笑ってみせた。

「三対一だぞ、英智。いくら貴様でも勝ち目はなかろう」
「なにを言っているんだい。もうとっくに『ミッドナイト・パレード』は始まっているよ」
「――どういう意味だ?」
「ぼくらの動きは校内の監視カメラを通じて、外の大型ビジョンに中継されている。きみはすでに舞台のうえだ。そして、ぼくは『紅月』相手に手加減しない……決してね――おいで、愛しい仲間たち」

 英智が指を鳴らしたとたん、どこかから一気に煙幕が噴き出した。目の前が真っ白になり、数メートル先も見えないほどだ。あんずは途方に暮れて、その場に立ち尽くしてしまった。

「いまが好機だ。さっさと行かんか」

 いつの間にかそばにいた敬人が肩をたたいた。

「これで、『喧嘩祭』の借りは返したぞ」
「敬人さん……」

 そしてようやく、少女が傷ついた顔をしているのを知ったのだった。彼は目をそらし、わざと乱暴な仕草で頭をなでた。

「こうも足並みを乱されては、絶好調の英智相手に勝ち目はない。おれたちは、おそらく負けるだろう。だが、貴様が逃げる時間程度なら稼げる」
「どうして……?」
「『紅月』に入れなかった理由か? つぎ会うときまでの宿題だ。貴様が真の『プロデューサー』なら、理解できるだろう」

 あんずは敬人の瞳を熱心に見つめた。厳しさのなかに、真摯な好意を感じる。一瞬でも彼を疑ったことが恥ずかしかった。

「ありがとうございます」

 そして、後ろの階段を駆け降りて行ったのだった。