ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 002

 部活棟、一階。

 あんずは階段の影から顔を出し、辺りにだれもいないのを確認した。先ほどまで空き教室から賑やかな楽曲が響いてきたのだが、もう聞こえなくなっていた。

(……これから、どうしよう)

 英智が言った通り、この『パレード』をひとりで切り抜けるのはほぼ不可能だ。

 どこかのユニットに臨時所属するという抜け道はあったが、それでは敬人との約束を破ってしまう。つまり、あんずに残されたのは、『ドリフェスが終わるまで安全な場所に隠れる』方法だけだ。
 しかし、それはひどく悔しかったし、問題もあった。

 あんずは壁にもたれかかって座り、両ひざを抱きしめた。こんなとき『Trickstar』のみんななら、どうするだろう……?

(スバルくんたちは、引き抜きなんて許さない。ぜったい反対するはずだ……)

 あんずは、彼が笑いながら英智に啖呵を切っていたのを思い出した。そして大慌ての真緒が彼の口を塞いでいるところも。すると北斗や真との楽しい思い出まで蘇り、涙があふれそうになった。

 彼らはアイドルで、あんずはプロデューサーだ。いくら仲間でも、決して『Trickstar』の一員ではない。

(だから、ユニットに入れてくれなかったのかな?)

 あんずは鼻をすすって、ハンカチを取り出そうとした。ポケットのなかを探ると、小さな半券が出てくる。それを夕陽に照らし、今度こそ泣き出してしまった。

 ベージュに鮮やかな星々が印刷されたチケット。『Trickstar』が初めて舞台に立ったときのものだ。あのとき、スバルはなんと言って、これをプレゼントしただろう?

 ようやく彼の言葉を思い出したとき、頬をつたう涙はとっくに乾いてしまっていた。あんずの胸に勇気が戻り、自分のすべきことを理解していた。

(ありがとう。やっとわかったよ)

 彼女は半券に口づけすると大事そうにポケットにしまいなおした。そして、踊り場を出ようと立ち上がったとき、見知らぬユニットと鉢合わせしたのだった。

「もしかして、『プロデューサー』さん?」
「実際のほうが美人だな」

 あんずは息をのんで後ずさった。彼らの品定めするような視線が恐ろしかった。それは敬人や泉の値踏みする瞳とは別だと本能的に悟ったのだ。

「すみません。そこを通りたいんですが……」
「『すみませぇん』だって!」

 ひとりがからかうようにくり返し、仲間たちがどっと笑った。もちろん彼らに悪意はなかったが、あんずを萎縮させるには充分だった。

「ごめんなさい」

 あんずは掠れ声でささやいた。

「わたし、アイドル科の校舎に行きたいんです」
「なら、一緒に行ってあげるよ。一人だと心細いだろ」
「いいえ。結構です」

 少年は好意をむげにされたことに腹を立てた。

「今度のA1はライブで負けたほうを引き抜くことができる。あんたに対戦を申しこんだら……どうなるかな?」
「――離してください」

 少年の生暖かく湿った手にゾッとした。本気で振りほどこうとしたが、そうするには力の差が明らかだった。ふだん、薫の手はこれぐらいで解けるのに……。

 あんずがふざけていると思ったのか、彼らはますます大声で囃したてていく。反響する笑い声に怯え、ついに足が萎えてしまった。

「おい、婦女子につめ寄る野蛮人ども! あんずから離れろ!」

 そのとき、やたら元気のいい声がして、二階から誰かが飛び下りてきた。

「天が呼ぶ。地が呼ぶ。人が呼ぶ! 燃えるハートの流星レッド、ここに推参!」
「リーダー! それは著作権的にアウトッス〜!」
「安心しろブラック。正義の志の前では、著作権など塵あくたに等し……くはないな。あっはっは!」

 青年は輝く笑顔を浮かべ、あんずをふり返った。

「よくぞ無事だった。頑張ったな、あんず」

 流星レッド――守沢千秋は少女を引き寄せ、背中に庇った。


 彼らがライブをしている間、あんずは監視カメラの死角で匿われていた。
 相手ユニットが三人組なので、鉄虎と翠が残ってくれたのだ。

「姉御。翠くんの後ろから顔を出しちゃダメッス!」

 焦った鉄虎があんずの袖を引っ張った。彼らは踊り場で三角座りをしているのだが、閉め切った教室から響くのは、ワクワクする魅力的な楽曲ばかりだった。

「ごめんね。『流星隊』のみんなに迷惑かけちゃって……」
「気にすることないッス! 姉御には『海賊フェス』でさんざんお世話になったから、恩返しッス」
「先輩を取られたら、スチャラカ集団を諌める人がいなくなりますからね。想像するだけで鬱だ……死ぬ」
「もしかして」

 あんずは息をのんだ。

「『流星隊』はわたしを助けるために『ミッドナイト・パレード』に参加してくれたの?」
「おれたちだけじゃないッス! おれは大将から姉御の件を聞いたけど、『Ra*bits』はもっと早く情報を掴んでいたらしいッスよ」
「あえて『パレード』に参加しないで、情報かく乱とか後方支援に徹するって言ってましたけど」
「みんな……」

 目の裏に仁兎たちの温かな笑顔が浮かび、胸が熱くなった。

「それより会長さんは、なにを考えてるんスかねー。原則、ドリフェスにアイドル科以外の生徒は出場禁止なのに、無理やり姉御を参加させて」
「さあ。どうでもいい」
「どうでもよくはないぞ、高峯!」

 教室のドアを豪快に開け放って千秋が胸を張った。

「正義は必ず勝つ――というわけで、おれたち流星隊が勝利した! 当然だな!」
「みんなで、ぷか、ぷかしました。こんにちは、あんずさん」
「――はい。こんにちは、奏汰さん」

 奏汰はにっこり微笑むと、あんずの前にしゃがみこんだ。他の流星隊メンバーは千秋の大騒ぎに巻き込まれ、こちらを見ていなかった。踊り場のすみで丸まる二人を橙のライトが照らしている。

「あんずさんは、『さめ』の『きゅうあいこうどう』をしっていますか?」

 温かい声音。

「いいえ」
「『さめ』はきにいった『めす』をみると、かみついて『こうび』をせまります。ほんきで、『めす』をたべようしているわけじゃありません。それが、『さめ』の『ほんのう』だから。ほかの『やりかた』をしらないんですよ」
「本能……」

 奏汰の瞳を見つめた。それは春の海のように穏やかで、あることを諭しているようでもあった。

「今度、さっきの人たちに会ったら挨拶してみます……ありがとうございます奏汰さん」
「なんのことでしょう〜?」

 と言うものの、彼はなだめるように髪の毛を梳いてくれた。その手つきがあまりに優しく、あんずはつい笑ってしまった。

「あんずにも元気が戻ったようだ!」

 千秋が上からのぞきこみ、腰に手を当てた。

「やはり、奏汰に任せて正解だったな!」
「先輩、ありがとうございました。『流星隊』を動かしてくれて……」
「おっと、礼を言うのはまだ早い! おれはおまえに『真面目な話題』を持って来たんだからな!」
「真面目な話題?」

 千秋は眉根を寄せ、彼女の瞳を見つめた。

「あえて、あのときと同じように尋ねよう。『流星隊』に来るつもりはないか? もちろん、臨時ユニットなどではなく、正式なメンバーとして」
「わたしが?」
「そうだ。驕り高ぶった『fine』打倒のカギになった。あんずは新しい夢ノ咲の象徴だ。こんなところで潰されるわけにはいかん。『Trickstar』が捨てたというなら、代わりに『流星隊』がおまえを守ろう」
「ごめんなさい……」

 あんずはポケットのなかの半券を強く握った。

「――わたしは、やるべきことがあるから」
「やるべきこと?」
「『ミッドナイト・パレード』で、個人優勝したいんです」
「はあ!?」

 千秋の肩ごしに鉄虎がさけんだ。

「ちょっと待ってくださいッスよ! アイドル科校舎まで、どれだけのユニットが犇めいてると思ってるんスか? 姉御を監視カメラから遠ざけるのも、人参ぶら下げた馬みたいに殺到する生徒を避けるためなんスよ!?」
「ごめんね、鉄虎くん。でも、そうしなくちゃ」
「リーダー! 姉御を説得してください。おれはあんずさんが泣くところなんて、見たくないッス!」

 千秋があんずの決意を測るように目をすがめた。そして、やおら破顔し彼女を抱きしめたのだった。

「その意気やよし! 夢を語るのは男児のみにあらず! あんずはか弱い女子だが、心は立派なヒーローなのだな!」
「ちょ……! なに言ってんスかこのアホ隊長!?」
「安心しろ。味方は『流星隊』(おれたち)だけではない。夢ノ咲でお前を慕うものは多い。皆、お前の努力を知っているからだ。でなければ、『紅月』や『Ra*bits』は動かなかった。お前の『道』は正しい。自分を信じろ! あんずなら、きっとやれる!」
「はい……」

 あんずはのど奥からせり上がって来るものを必死で飲み下した。さすがに先輩の衣装を涙で汚すわけにはいかなかった。しかし千秋は獣の子を愛でるように、一層強く少女を抱きしめたのだった。

「部長。あんず先輩がつぶれるんで、そのへんにしてください。あと、三階を見に行ってた仙石くんから連絡が来た」
「なんだって!?」
「『fine』と『紅月』の対戦結果が出たみたい……。初戦で『紅月』が遅れを取って……『fine』の逃げ切り? 後半は『紅月』も調子を戻して、いいところまで行ったらしいけど」
「『紅月』が、負けた……?」

 あんずはぼう然と上階に続く階段を見あげた。つい先ほど激励してくれた敬人の顔が浮かんだが、首を振って打ち消した。彼らについて考えると、せっかく踏み出した道を引き返したくてたまらなくなるからだ。

「だいじょうぶだ!」

 千秋が彼女を元気づけるように、背中を数回たたいた。

「やつらの敗北を無駄にはしない。必ず、お前を『fine』の魔の手から救ってやる!」
「それは――つまり」
「さあ行くぞ! おれの仲間たちよ! 正義を愛する同胞たちよ! ともに悪を打ち倒そう! あっはっは!」

 千秋は抵抗する鉄虎と翠を引きずって、階段を上っていった。その後ろを奏汰が鼻歌を歌いながらついて行く。と、上階の手すりの間からひょいと千秋が顔を見せた。

「あんず! 高峯が言った通り、悪の首魁はなにか企んでいる。気をつけろよ」

 下手くそなウィンク。

「正義を行っている限り、手助けする人間が現れるものだ。幸運を祈る……!」

 彼の姿が見えなくなり、しばらくののち、その足音も聞こえなくなった。一階は静まり返って、あんず以外だれもいないように思えた。

(『流星隊』のみんな――ありがとう)

 あんずは勢いよく両頬をたたいた。そして、だれもいなくなった階段に頭を下げ、歩き出そうとしたとき、予期せぬユニットと鉢合わせたのだった。