ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 003

 ひなたが廊下の影から顔を出し、昇降口をうかがった。下駄箱のうえに黒い監視カメラがつりさがっている。彼はあんずとゆうたをふり返って、軽くうなずいた。

「オーケー! じゃあ行くよ、兄貴とあんずさん。三・二・一……ゴー!」

 あんずは両手を葵兄弟に引っ張られ、全速力で昇降口を駆け抜けた。辺りに簀の子が軋む音が響き、やがて静寂が戻った。

 外の植え込みが左右に揺れ、明るい髪色の少年が勢いよく顔を出した。続いて隣りの植え込みからも。

 あんずは二つのお尻が揺れるのを見て、必死に笑いをかみ殺した。ひなたたちが同時に手を離したおかげで、植え込みに顔を突っこまずに済んだのだ。

「いたたた! あんずさん。だいじょうぶ?」
「とつぜん、手を離さないでよ兄貴! 『プロデューサー』にケガさせるところだったじゃないか〜!」
「ごめんごめん。でも、ゆうたくんは合わせてくれたじゃん! それに見たところ、あんずさんも無事だし……」

 ひなたは大慌てであんずの髪にささった枝を放り投げた。

「――なんの問題もないね!」
「本当……?」

 ゆうたが上体を引き抜き、あんずをじろじろ観察した。ひなたから、助けを求めるような視線を受ける。

「ここまで来れたのは、二人のおかげだよ。ありがとう」
「お礼を言われるほどじゃないですよ。監視カメラに細工したのは『Ra*bits』のお手柄だし」
「仁兎先輩だっけ? すごいよね。スパイ映画みたい!」
「でも、わたし一人だったら、なずなさんに連絡できなかった。だからやっぱり、二人のおかげなんだよ」

 双子が顔を見合わせ、はにかむように笑った。
 沈黙。
 四つのいたずらっぽい瞳が、こちらを見つめていた。彼らはあんずの心を見抜いて、その質問を促しているようだった。あんずは唇を舐め、できるだけ声が震えないようにした。

「――『2wink』は、『プロデューサー』にライブを申しこまないの?」
「最初はそのつもりだったんだけどね〜」
「そうそう。あんずさんを見つけたときは『チャンス!』って思いましたよ」
「じゃあ、どうして?」
「そりゃあ」

 ひなたがゆうたに目くばせした。

「誘惑に勝ったからです」
「誘惑?」
「確かにあんずさんが『2wink』に来てくれたらうれしいですよ。でも、それを決めるのはおれたちじゃなくて、あんずさんでしょ。このドリフェスはあなたを賞品みたいに扱ってる。だから、気に食わないんです」
「おれたち下っぱが『プロデューサー』を守りきれる保証もないしね〜。あっ、もちろんあんずさんが入ってくれるなら、全力を尽くすけど!」
「二人とも……」

 あんずは思わず二人の手を握った。

「ありがとう」
「わわっ! お礼なんかいいって! おれたちにも下心はあるんだから!」
「そうですよ。あんずさんに恩を売れば、またS1で使ってもらえるかも……とか、他のユニットに『プロデューサー』を取られたら、一年のおれたちは顔を売る機会すらなくなっちゃう……とか考えてるんですから!」
「そこまでバラしちゃダメだよ。ゆうたくん!」
「――ふうん」

 あんずはわざと怒った顔をつくってみせた。

「そうだったんだ」
「ほら、あんずさんを怒らせちゃったじゃないかー! せっかくいい雰囲気になってたのに〜!」
「おれのせい!? そもそも兄貴が余計なこと言ったのが悪いじゃん!」

 二人は顔を見合わせ、叱られた犬のような顔であんずをうかがった。そして彼女が肩を震わせているのに気づくと、「もう! 驚かせないでください!」大声で笑ったのだった。

 三人のうち、一番早く笑いの発作から立ち直ったのはゆうただった。彼は植え込みのすき間から校庭をのぞいて、ため息を吐いた。

「『パレード』開始時よりは減ったけど、まだ多いよなあ」
「なんの話し?」
「校庭にいるユニットです」

 あんずはゆうたと同じようにして、外を見た。彼の言う通りだ。道行くユニットが競り合うようにパフォーマンスをくり広げている。言葉通り『パレード』のような光景だった。

 しかし、ステージ上の彼らは、あまりに表情が硬い。それどころか、すみのほうで悄然とうなだれるユニットまでいるのだった。

「ありゃりゃ。負けてメンバーを引き抜かれちゃったんだ。ひどいことするなあ」
「まさか……」
「『Trickstar』が、革命を起こす前に戻ったみたいですね」
「みんなアイドルなのに、全然『キラキラ』してないよ」
「――だから、あんずさんは優勝を目指しているんでしょう」

 ゆうたは、彼女の心を見透かすように目を細めた。

「忍くんから電話で聞きました。あなたがなにを考えているか、たぶんわかります。だから余計、助けなきゃいけないと思ったんだ」
「――うん」
「もーう! おれの頭上で、こそこそ話しは禁止!」

 ひなたが大声で遮った。

「時間もないんだし、作戦会議するんでしょ〜!」

 彼は二人を引き離して真ん中に陣取った。そして、生徒手帳に学院の見取り図を素早く描きこんでいった。

 鏡合わせのように対称的な二つの棟にそれを繋ぐ渡り廊下。中庭の中心には噴水があり、そこを隔てて講堂とテニスコートがある。ひなたは、右の四角の頂点に二重丸をつけた。

「おれたちがいるのは、ここ。部活棟とグラウンドの間ね。対面のアイドル科校舎に行くには三つの方法があって……」

 二重丸から、グラウンドを大回りした弧と部活棟を引き返して中庭を突っ切る斜線、そして渡り廊下を通る直線が伸びた。

「どれがいい?」
「まず不可能なのは、部活棟に戻るルートですね。学内のイントラに不正アクセスしてカメラをいじるなんて離れ業、一度しかできません」
「……わたしもそう思う」
「じゃあ、これはナシ」

 斜線に大きなバツが上書きされた。

「校庭は新規ユニットがたくさんいますよね。一応、おれたちでも太刀打ちできるレベルだけど、隠れる場所がない」
「そうなんだよね〜! あんずさんがモニターに映ったら、ユニットが殺到してジ・エンド!」
「ということは、渡り廊下?」

 しかし、ゆうたとひなたは憂鬱そうに顔を見合わせた。

「渡り廊下はピカピカだよ」
「ひと気もないですしね。ここを通れば、アイドル科校舎まで五分もかからないと思います。でも……」
「でも?」
「無数の弱小ユニットなんて目じゃない『大物』がいますから」
「一歩入ったら、パクリッて食べられちゃう!」
「いったいどの……?」
「『Knights』」

 それは、背後の昇降口から出てきた人物がこたえた。

「――おれたちの縄張りだからねえ」

 彼はゆったりした足取りで、校舎の階段を降りてきた。

「『Knights』の瀬名泉……!?」

 そして嗜虐的な視線を順々に送り、最後にあんずを値踏みするように見つめた。

「あんたって、虫けらみたいにしぶといよねえ。もうとっくに、どこの馬の骨かわからないユニットに取りこまれてると思ったんだけど」
「あ……あんずさんから離れろー! ゆうたくんのお兄ちゃんが相手だぞ!」
「騒ぐしか能のないガキンチョは黙ってて」

 冷やかな声。

「おれは、このお荷物『プロデューサー』と話してんの」
「わたしは――お荷物じゃありません」
「お荷物じゃん。さっきサイトで見たけど、『紅月』と『流星隊』は『fine』に負けたよ。たしかにA1で土が着いても、たいしたことじゃない。でも、アイドルに守られる『プロデューサー』ってなに? いる意味あるわけ?」
「それは……」
「『Knights』(うち)もあんたが『パレード』に出るから、カサくんが無駄に張り切るし。おかげで他の練習時間が大幅に削られたんだけど。どう責任取ってくれんの?」

 あんずは意志の力で彼を見返した。

「働いて返します」
「上っ面の言葉って、チョ〜うざぁい。どうせ、あんたもゆうくんを疑ってるくせに……」
「真くん?」

 あんずは目を丸くして泉を見つめた。そしてようやく彼の考えを理解したのだった。泉の不器用さに、思わず微笑んだ。

「信じています。わたしは『Trickstar』のプロデューサーだから」
「へーえ……」

 泉は本心を確かめるようにあんずの顔をのぞきこんだ。鼻先が擦れ合うほどの距離だ。しかし、二人は視線で切り結んでいるかのように、決して目をそらさなかった。

 張り詰めた沈黙。

「わかった。今回だけは――信用してあげる」
「ありがとうございます」

 あんずは胸をなでおろし、遠くで震えている双子を招いた。彼らは半泣きで二人を見比べると、しぶしぶこちらに近づいて来たのだった。

「……なんでここに『Knights』のひとがいるの?」

 ひなたが弟を庇うようにしながら、泉を見上げた。

「あんずさんに関しては、『Ra*bits』が情報操作してたでしょ〜」
「そ、そうですよ! だから、他のユニットに居場所がバレてないのに……」
「後輩人質にして、なずにゃん脅した」
「あんずさんいますぐ逃げよう!」

 しかし、泉は鬱陶しそうに肩をすくめただけだった。

「なんか勘違いしてない? おれ、こんなグズいらないんだけど」
「ってことは……」
「話しはあと。『王さま』に掴まりたくなきゃ、おいで」

 そう言うやいなや、渡り廊下のほうに歩き出してしまう。
 あんずは少しの間悩んで、彼の背中について行ったのだった。