ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 004

 渡り廊下、二階。

 あんずは前を歩く泉の背中から目をそらして、窓の外を見つめた。陽が沈み、薄暗いグラウンドのあちこちでサイリウムが瞬いている。まるで、夜空の上でライブをしているようだった。

 簡素なステージは白熱灯で照らされ、ここからでも観客に手を振るアイドルが見える。彼らが、いま最も一緒にいたい少年たちと重なった。

(さみしい……)

 あんずはあわてて頭を振った。弱い気持ちが忍び寄って来るのを感じたからだ。必死にポケットを握りしめ、なにか楽しいことについて考えようとした。

(一緒に円陣を組んだこと、衣装を素敵だって褒めてもらえたこと、【DDD】で優勝したみんなの笑顔)

――でも、わたしはただ見ているだけだった……。

 ついに弱い気持ちに負けそうになったとき、勢いよく頬をつねられた。

「ちょっとお、トロトロしないでよねぇ」

 泉があきれ顔でこちらを見下ろしていた。

「『2wink』が下で囮になるって言うから、あんたと二人きりでガマンしてやってんの。これ以上イライラさせないでくれる?」
「――すみません」

 うつむくあんずを見る瞳に、一瞬、心配げな光がよぎった。しかし、泉はあまりにひねくれていたので、自分が『そう』感じたことにすら気づかなかった。その代わり、上履きで床を蹴りながら尋ねたのだった。

「あんた、なんで電話に出なかったの?」
「電話?」
「そうだよ。何度コールしたと思ってんのぉ?」
「すみません。取りに戻る暇がなかったんです。けど、どうして泉さんが電話を……」

 あんずの目が丸くなった。

「助けてくれるつもりだったんですか?」
「はあ? まかり間違って、あんたが『Knights』の専属プロデューサーになったら困るだけ!」
「専属……?」
「知らなかった? 『Knights』(うち)はあんた目当てに、このばかげたパレードに参加してるの。とくに王さまとカサくんは本気だよ」

 あんずは足元に大穴が空いて、そこに吸い込まれていくような心地がした。

「そんな……まさか」
「驚くほどのことじゃないでしょ。ムカつくことに、あんたが来て『Knights』は変わったから。ずっとビジネスライクな関係で、そこがいいと思ってたけど、家族みたいな関係も悪くない。実際、カサくんは『お姉さま』が欲しくておねだりしてるみたいだしねぇ」
「じゃあ、師匠は?」
「王さまは……」

 泉は口を閉じ、ヒナ鳥のようにこちらを見上げる少女を見下ろした。

「『お兄ちゃん』からの宿題。自分で考えな」
「――はい」

 あんずはくすぐったい気持ちで目を伏せた。先ほどまでの孤独はすでに忘れ去られた。それは折りによって自分を傷つけるが、救うのもまた孤独から生まれた感情だと気づいたのだ。

 開けっ放しの窓から、賑やかな歌声が響いてきた。泉は桟にヒジをつき、遠く、校庭でライブを行うユニットを見つめた。

「学院も変わったねぇ。虫けらどもにとってはいい方向にさ。おれは『Trickstar』がでかい顔してるのが気に食わないけど」
「そんな意地悪、言わないでください」
「だって本心だし。あんたも、平和なモラトリアムがだれの肩に乗ってるか、考えたほうがいいよお」
「モラトリアム?」
「そう。だから『あいつ』は……」
「ストップ!」

 突然、底抜けに元気のいい声が泉を遮った。

「セナ、しゃべり過ぎだぞ〜!」
「王さま!? なんでここにいるわけ!?」

 渡り廊下の反対側。アイドル科校舎に続くドアの前に、橙がかった髪の少年が仁王立ちしていた。窓から差しこむ月光が、彼の目を夜行性の動物のように輝かせた。

「だってお前、わかりやす過ぎ。最初から『誰か』とこそこそ電話してるし、セナがいなくなったとたん、雑魚キャラがガーッと押し寄せてくるんだもん。間抜けのスオ〜以外、陽動だって気づくだろ」
「そうねえ。ちょっと露骨すぎたかしら」

 レオの後ろから細身の青年が進み出た。彼は穏やかな笑みで、泉とその後ろにいるあんずを見比べた。

「アタシとしては見逃してあげたかったんだけど……」
「甘っちょろいこと言ってんなよ。ナル! 排他的なくせに、一度懐に入れたら利用できない――セナのいいところだけど弱さだ」
「愛情はひとを弱くするの。でも、美しくするのも愛だわ」

 嵐は諭すように言ったが、それに眉をひそめたのは渦中の泉だった。彼は不服そうに腕を組み、二人をねめつけた。

「好き勝手言わないでよねぇ。おれはあんずを助けるつもりはない。『Knights』にこんなイモ、いらないってだけ」
「あーあ……」

 レオが肩を落とした。

「セナ。お前、いつから『Knights』(おれ)に命令するほどえらくなった? 反逆したい?」
「はあ?」

 泉は気圧されたように目をそらした。

「なに言っちゃてんの?」
「いまのお前はグィネヴィアを奪ったランスロットだぞ。そのポジションは、スオ〜かリッツだと思ったけど――まっ、お前でもいいや。古今東西、反逆者は断頭台に消えるか非業の死を遂げるって相場が決まってるのだ。死にさらせ悪者〜!」

 あんずは思わず泉の前に出た。彼の背中がひどく傷ついているように見えた。

「どいてよ、『プロデューサー』。セナが見えないだろ」
「泉さんをからかわないでください」
「べつに。からかってないよ」

 と、急にレオは目を輝かせた。

「……そうだよな! セナが『Knights』に反逆できるわけないよな〜! つまり、ここにあんずを連れてきたのは、『王さま』に献上するためなんだろ!」
「王さま。やり過ぎだわ」
「なんで? 『ジャッジメント』でおれを連れ戻したのはお前らだ。だから、おれは愛する『Knights』を一番――いや、一番はルカたんだ!――まあ、二番目くらいには優先するよ。そんで、つまんない好意を選ぶやつは切り捨てる……なあ、セナ。そいつは『Knights』と引き換えにできるほど大事なやつ?」

 背後で、泉が歯ぎしりした。

「帰って来い。お前の居場所はそっちじゃない――そうだろ」
「おれは……」

 泉はあんずを見つめ、なにか言おうとしたが、結局、不敵な笑みを浮かべて彼女を追い越した。

「ま、あんたとはこっちの位置がスッキリするか」
「泉ちゃん!」

 嵐がすまなさそうな目であんずを見つめた。しかし、あんずは首を振った。本心から彼らが対立しなくてよかったと考えたのだ。もっとも、ここを抜け出すのがさらに困難になってしまったが……。

 校舎に続く扉には『Knights』の三人、後ろは部活棟。泉の案内とマスターキーのおかげでカメラに映らず移動できたが、帰りもうまくいくとは思えなかった。

(どうしよう……)

「絶体絶命だな! どうするあんず!」

 抜け道を探してうろうろする視線が、ある一点で止まった。『彼ら』は必死に腕を上下させながら、あんずを呼んでいた。

『そう』するのはあまりに危険だ。二人にケガをさせてしまうかもしれない……。しかし、前方に立つ『Knights』の面々を見ると、それ以外方法がないのは明白だった。

 彼女は目をつむり、覚悟を決めると勢いよく二階の窓から飛び降りた。


 一瞬の浮遊感ののち、あんずは八つの腕に支えられていた。ピンクと青のリストバンドをつけた腕とやわらかなウールの袖……。

 あんずはびっくりして、赤髪の少年を見上げた。

「司くん……」
「お姉さまは、そんなに『Knights』がお嫌いですか!? 飛び下りるほど!?」
「ちょっと危なかったよねぇ。いくら王さまに掴まりそうだからって、視野狭窄だよ」

 凛月が意外としっかりした手つきで、タイルの上に降ろしてくれた。

「ごめんなさい。あんずさん」

 ゆうたが気まずそうに頭を下げた。

「危ないことさせたくせに、このひとたちに見つかっちゃって……」
「あのままじゃ『Knights』のヤバいひとたちに掴まりそうだったからさ〜」
「ううん、助かったよ」

 あんずは首を振ると、アーチ型の柱にもたれる凛月たちを見つめた。

「二人もありがとう」
「お礼なんていらないから。あとで血をちょうだいねぇ」
「お姉さまを守るのは騎士の務め。それより、わたしはExplanationを求めます!」

 司がうらめしそうな視線を『2wink』の二人に向けた。

「なぜ、こんな曲芸団のような方と一緒にいるのです!? わたしだってお姉さまが連絡くだされば、お助けにあがったのに!」
「曲芸団!?」

 ひなたが心外そうにさけんだ。

「そっちだってコスプレみたいな恰好じゃーん!」
「なっ……! 我々を侮辱するのですか!? この衣装は代々『Knights』が受け継いできた由来あるものですよ!」
「ふぅん――でも『2wink』のほうが動きやすいし、カッコイイもんね〜!」
「……そうですか」

 司が突然、一オクターブ低い声を出した。

「わたしも騎士の端くれ。いくら納得できなくても、お姉さまが選んだ殿方ならば、涙を飲もうと思っていました。しかし、こんな不調法者をお姉さまが選ぶはずありません!」

 そして、二人に向かって黒手袋を投げつけた。

「我らが『女王』をかどわかした不届き者め! いまここに『Knights』朱桜司と朔間凛月が決闘を申しこみます!」

 中庭に設置されたライト群が一斉に司を照らし出した。渡り廊下は一瞬のうち、路上ライブ会場に変貌していた。

「ちょっと待ってよ。ス〜ちゃん」

 傍らの凛月は煌々と光るライトに目を細め、ため息を吐いた。

「どうしておれも参加することになってるの? ひとりで頑張ってよ。面倒くさいなあ〜」
「しかし、凛月先輩。賊を倒さなければ、お姉さまを奪われてしまいます! もう二度とひざまくらや……吸血もさせてもらえませんよ!?」
「ふうん……」

 凛月は半眼で司を見た。赤く輝く瞳は彼の内心まで読み取ろうとしているようだ。司はたじろぎ、目をそらしそうになったが、その衝動になんとか耐えてみせた。

「――まっ、いっか。末っ子くんのおねだりだしねえ」
「凛月くん!?」
「あのさあ、あんず」

 彼は諭すような声で続けた。

「一応、『Knights』は『プロデューサー』獲得のために動いてたけど、ス〜ちゃんもナッちゃんも『そう』言えば、助けてくれたの。あんたが頼らないから、『王さま』に従ってたんだよ」
「でも……」
「ここまで来るのに、いくつのユニットが手を貸した? そいつらはなんの『しがらみ』もないか、メリットがあるかのどっちか。あんた自身が求めないと、面倒な立場の人間は動かないよ」
「凛月先輩、お話しは後で。まずはこのObstacleを取り除いてからです」
「はいはい、わかりましたよ。うるさいなあ?」

 凛月は億劫そうにしながらも姿勢を正し、『2wink』に向き直ったのだった。