『Knights』対『2wink』は目を背けたくなるほど一方的なライブだった。
軽やかなダンスが自慢の『2wink』は小スペースに不向きなうえ、あんずがカメラに映る位置ではパフォーマンスできない。
もちろん、凛月はその弱点を見逃さなかった。さりげなくあんずのほうに誘導し、不自然な動きを連発させたのだ。
サイリウムによる投票が終わったとたん、ひなたは不満そうに頬を膨らませた。
「卑怯だぞ〜! 場所を変えて再戦して!」
「ふふん、勝ちは勝ち。ヒヨッコ風情がわめかないでよねぇ」
「実は、わたしも少し心苦しいのですが……」
司が眉をハの字型にして、あんずのほうを見た。ゆうたの手を握って頻りに謝罪している。彼はあんずを悲しませたくなかった。しかし、凛月はあきれたように肩をすくめるだけだった。
「なに言ってんの? あんずがいなかったら、負けたのはおれたちかもしれないのに」
「何故ですか? 彼ら相手に、我々が敗北するとは思えません!」
「リッツが正しい」
廊下の奥から気取った声がこたえた。
彼はポケットに手をつっこんだまま、ゆっくりこちらに歩いてきた。ライトが徐々にその姿を照らし、全身を明らかになったとたん司がさけんだ。
「Leader!」
「よっ、新入り。相変わらずリッツの足を引っ張ってたなあ〜! クビにするぞ!」
「あなたはどうして肝心なときにいらっしゃらないのですか!? 突然来て、勝手なことをおっしゃらないでください!」
「だってお前、全然リッツと息あってなかったもん。もともと二人組の『2wink』に比べて不利なのに、あれじゃ負けてた。どうしてリッツがあんな作戦を取ったか、よく考えろよ」
「おっ、じゃあ再戦してくれる?」
ひなたが元気を取り戻したが、レオは犬を追い払うように手を振った。
「しっ、しっ! 負け犬に口を出す権利はないの――早く、後ろのあんずを差し出してっ!」
「あんずさん……」
ゆうたがうかがうような瞳でこちらを見たが、あんずは首を振った。彼らは十分尽くしてくれた。これから先は自分で尻拭いすべきだ。
少女は立ち上がって、レオの正面――監視カメラにしっかり映る場所に歩いて行った。
「よっ、あんず! 逃げも隠れもしないとは、関心、関心。『Knights』になる覚悟は決まったか〜?」
「……いいえ」
「ふうん。じゃあ――えっと、『Knights』にライブを仕掛ける? まあ、それもありっちゃありだけど、おれはセナやナルみたいに甘くないよ。フルメンバーでおまえをやっつけちゃう! わはは!」
「いいえ」
「ちがうのか!? 待って! 妄想させて! おまえの選択が、つまんない現状をぶち破るものだって信じさせて!」
「――わたしが、『プロデューサー』だからです」
あんずは乾いて強張った唇を舐めた。
「わたしはだれともライブをしません。ステージに立つのはアイドルで、そこに『プロデューサー』は必要ない」
「それがお前のこたえ?」
「……はい」
屋上のサーチライトが一瞬レオのしかめ顔を照らし、通り過ぎて行った。
沈黙。
レオは、あんず以外見るものがないというように、熱心に彼女を見つめた。
「わかってる? お前はこの学院で異端だ。だれもがユニットという『しがらみ』に縛られるなか、『自由』なお前は重宝される。でも、その孤独を理解するやつはどこにもいない――身内扱いする『Trickstar』でさえ。さっきのセナを思い出してみろ。おれたちは、最後に『ユニット』を選ぶんだ」
「はい」
「それをさみしいと思ったことがない? 孤独をつらいと思ったことは? もし『Knights』に来るなら、そんな思いは二度とさせない。女王として、崇拝して敬愛して愛慕してやる! ドロドロに甘やかして、孤独を埋めてやろう!」
「結構です」
あんずの即答にレオが目を丸くした。わざとらしくせき払いして、もう一度やり直した。
「お前を女王として、崇めて、褒め称えて、ありがたがってやる!」
「結構です」
「聞き間違えじゃなかった!? なんでだよ! おれの『Knights』だぞ! なにが不満なの教えて!」
「不満なんかありません」
あんずはまっすぐレオを見つめ返した。
「もちろん、みんなと全く同じものを共有できないのはつらいし、さびしいときもあります。でも、同じものが見れないわけじゃない。『プロデューサー』は特等席なんです。『アイドル』が輝くお手伝いができる場所。だから、ひとりだけど、孤独じゃない。いつも、みんなと一緒にいます」
「優等生のこたえだな」
レオは口をとがらせ、アーチにもたれかかった。
「でも、まあ……ギリギリ及第点って感じ? お前は一人だからこそ、高みで自由に振る舞える。束縛するやつは、お前を大空から撃ち落とす気なんだ。羽をもいで、鳥かごに閉じ込めようとしてる」
「つまり……?」
あんずは混乱して首を傾げた。
「『合格』ってこと! こっち来い。ご褒美にナデナデしてやる!」
レオはあんずをひざに乗せ、冷たいタイルに座りこんだ。そして、飼い犬にするように髪の毛をかき回したのだった。
(くすぐったい……)
肩の飾り緒がちょうどあんずの頬に当たっていた。レオが身じろぎするほど、肌に擦れる。それでも、彼女は控えめにレオの胸にすり寄った。
長く続いた緊張が一気にほどけたのだ。あんずにとっても『Knights』は特別で、敵対するのは大きなストレスになっていた。
「よーしよし――こんなに赤ん坊みたいだと心配になるよなあ。ルカたんと『Knights』以外の事象に、思考リソースを割きたくないんだけど……」
「心配……?」
「そうだぞ〜! どうせ、善意でこんなことしたと思ってるだろ! そんなに人間できてない。おれは神さまみたいなことはできるけど、『神さま』じゃないから! 夢ノ咲には、お前を鳥かごに閉じ込めたい陣営とそうじゃない陣営がいて、おれたちは後者なだけ。あんずには、まだ大空を飛んでもらわなきゃ困るんだ。まあ、一人で飛ぶこともできないなら、取られないうちに喰っちゃうつもりだったけど!」
「まさか」
あんずは目を瞬かせた。
「信じてないな」
「ええと……」
気まずそうな顔。
「すみません」
「べつにいいよ。そのうち、お前自身が気づくだろうし――老婆心で忠告しとくと、三奇人には騙されるなよ。善人っぽいけど、善人じゃないから。レイは狙ったものを必ず手に入れるし、ワタルは面白ければなんでもする。お前にとって一番無害なのは、カナタかもなあ」
「師匠は?」
レオは手を止め、珍しく困ったように笑った。
「必要なら、他のユニットを潰すよ」
そして、あんずを抱えたまま立ち上がり、「だから、いまのこいつにとってレイは『敵』――そうなんだろ?」ふり返った。
『2wink』の双子が気まずそうに顔を見合わせた。ちょうど二人に話しかけようとしていたのだ。
「ええと……待って」
あんずは混乱して首を振った。
「零さんが『敵』って、どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。あんずさーん!」
「『UNDEAD』と『Trickstar』に近づいちゃ危険です。あのひとたちはあなたを捕まえる気だから!」
「まさか……」
レオが肩をすくめた。
「言ったろ。夢ノ咲には鳥かごに閉じ込めたい陣営とそうじゃない陣営があるって。あいつら、お前の有用性を知ってるから鳥かご(ユニット)に入れる気なんだ」
「でも」
あんずは困惑したようにポケットを見た。六つの瞳が決断を迫るなか、のんびりした声が割って入った。
「世間話もいいけどねぇ。あんずの姿が映ったから、そろそろ他のユニットが集まって来るよ」
凛月が校庭をあごで指した。いつの間にかサイリウムの灯が消えている。勝ち残ったユニットがどこかに移動している証拠だ――おそらく、渡り廊下に向かって。
(どうしよう)
あんずは逃げ道を探そうと周りを見回した。アイドル科校舎の暗闇で、いくつも影が動いている。後ろの部活棟からは足音。中庭はライトによって煌々と照らされていた。
「今度こそ、絶体絶命のピンチだねぇ。あんず」
凛月が愉快そうに腕を組んだ。
「……で、おれたちになんか言うことある?」
「わたしは……」
あんずは『2wink』と『Knights』を順番に見た。双子はしおれた表情、司は不満そうで、レオが彼をつついている。凛月は微動だにせず、『そう』言われるのを待っている風だった。
「ええと……」
あんずはスカートを握りしめ、その言葉を言う勇気をふりしぼった。
「――助けてください」
「うん」
凛月が少女の前にひざまずいた。
「おれも騎士だから、助けてあげる。つぎ会ったとき、他のユニットにいたら許さないよぉ」
そして、指先に恭しく口づけたのだった。