ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 006

 あんずは中庭を走り抜け、校舎の生け垣に身を隠した。頭上から『プロデューサー』を探す声が聞こえてくる。両手で口をふさぎ、彼らの会話に耳を傾けた。

「ダメだ。渡り廊下には、『Knights』がいる」
「西階段にもユニットがつめかけているって」
「じゃあおれたちは東階段だな。屋上を目指すなら、必ずどっちかを通るはずだ」
「わかった!」

 彼らの足音が遠ざかり、あんずはようやく息を吐くことができた。

(凛月くんの言う通りだ……)

 別れる直前、彼はいくつかアドバイスを残してくれた。裏庭に回れば、科学室から校舎に入れる。しかし、決してそのルートを選んではいけない。きっとユニットが待ち伏せしているから。唯一の抜け道は……。

 あんずは、不気味にそびえ立つ建物を見上げた。

(講堂(ここ)だよね)

 凛月によると、いまは使われていないアイドル科校舎と講堂を結ぶ地下通路があるらしい。

 そこを通れば、封鎖された北階段に出て、屋上まで上がることができる。夜の散歩をしているとき偶然見つけたので、生徒はほとんど知らないとも言っていた。

(ありがとう。凛月くん……みんな)

 あんずは深呼吸して、いままで助けてくれたユニットの顔を思い出した。すると身体のなかが不思議な温かさで満ち、なんでもできるような気持ちになるのだった。

「よし。急がなくちゃ」
 時間があと三十分を切っているのを確認し、講堂に続くレンガ道へ駆け出した。


「すみません……」

 あんずは小声で謝りつつ、講堂のなかに滑りこんだ。数メートル先も見えない真っ暗闇だ。足裏の感触で、絨毯がしかれた観客席へ移動しているのが(かろうじて)わかる。

 おそるおそる手を伸ばすと布地を張ったゴツゴツしたものに触れた――背もたれだ!

 あんずは見えないのを承知で、辺りを見回した。しばらくののち、暗闇に目が慣れたのか前方の舞台がぼんやり浮き上がって見えた。天井に設置されたライトとその後ろにある深紅のカーテン、『つり下げられた』スクリーンも……。

(みんな、輝いていた)

 過去の思い出が胸に蘇り、段上から手を伸ばす『Trickstar』を幻視した。しかし、それは泡のように消え、そっけない暗闇が広がるばかりだ。同時にひなたの言葉を思い起こし、必死に首を振った。彼らを信じると決めたからだ。

 そのとき、急に舞台のライトが点灯した。黄色やピンクや青、色とりどりの光が彼らを照らし出した。

「不思議の国へようこそ。嬢ちゃん」

 群青色のミニハットに黒いマント。たっぷりしたアスコットタイをつけた零が段上で手を振っていた。傍らにはベロアのジャケットに、大きな帽子をかぶったアドニス。何故か晃牙はウサギ耳をつけて、狭いケージに閉じこめられている。

「やっほ〜! あんずちゃん。待ちくたびれたよ〜!」
「薫さん!」

 いつの間にか薫が背後にいて、あんずの手を取った。彼も他のメンバーと同様、『不思議の国のアリス』にちなんだ仮装をしている。

「チェシャ猫ですか?」
「あ、わかる? ほんとは帽子屋の衣装がよかったんだけど、こんな役得があるならチェシャ猫でよかった〜。ほら、シロウサギくんはボイコット中だから」
「待ってください。わたし、用があって……」
「話しはあとあと! さあ、アリス。舞台上までエスコートしてあげる」

 薫は相変わらず軟派な言葉で煙に巻くと、優しいけれど強引に段上へ連れて行ってしまった。

「いらっしゃい。ここが我ら『UNDEAD』の根城じゃ。まずは、よくぞここまで来たと労ってやるべきかのう。よく頑張ったの、嬢ちゃん」
「零さん……」

 あんずは彼を見つめ、一瞬でも零を疑ったことを恥ずかしく思った。ひなたはああ言ったものの、『紅月』打倒から手を貸してくれた彼らが裏切るわけなかったのだ。

「わたしは、この『パレード』で勝たなくてはいけません。零さん……通してもらえませんか?」
「残念ながら、それは無理じゃ。嬢ちゃんは魔物の巣に踏み行ってしまった。抜け出すには、自身が魔物となるか、我らを征伐するしかあるまいよ」
「征伐って……」

 あんずは困惑してアドニスたちをうかがった。晃牙は猿ぐつわのようなものを噛まされ暴れ、こちらを見ていない。アドニスは悲しげに目を伏せていた。最後に薫がうれしそうに手を振った。
 彼ら全員、頬に小型のマイクを付けている。

「無論、ライブでの交戦じゃ。アイドルは舞台のうえで戦うものじゃろう」
「でも、零さんと戦いたくありません。わたしは、『プロデューサー』だから……」
「正しい『こたえ』を見つけたんじゃな」

 零が好々爺のように笑った。

「えらいえらい。だがな、無法者は騎士のように優しくないぞ。おぬしを無理やり手に入れんとする者もおるじゃろうて」
「それは零さんたちじゃない」
「忘れたかの? 我らは夜闇の魔物。無垢な娘を攫うのは闇の眷属と千年前から決まっておる」
「朔間さ〜ん。話し長すぎ。さっさとあんずちゃんをおれの――おっと! おれたちのものにしたいんだけど〜」
「薫くんはせっかちじゃのう。そのやる気をいつも見せてくれればよいのじゃが……」

 零はため息を吐いて、あんずに向き直った。後ろに薫とアドニスを率いている。

「覚悟せいよ。魔物がおぬしの心を奪いに行くぞ」

 そして、残りの照明が一気に舞台を照らし出した。


 ライブ終了後、あんずは『お茶会』の演出で設置された黒檀の長テーブルにつき、自分の名前を書きこんでいた。『UNDEAD』の演奏中も騒々しかった晃牙でさえ、檻のなかで丸まっていた。いまのあんずにどう接すればいいかわからないのだ。

 たとえ晃牙を欠いていたとはいえ、三奇人擁する『UNDEAD』と素人の少女では、プロのオーケストラと幼稚園のお遊戯ほどの違いがあった。

 『UNDEAD』のライブで波のように輝いていたサイリウムは、あんずのとき一つ二つほどしか点灯しなかった。それはまるで少女を処刑するような惨い光景だった。

 しかし、あんずは(少なくとも表面上)無表情を崩さず、ペンを置いて上座の零にプリントを手渡した。

「重畳、重畳」

 零はあごをいじりながら上機嫌に笑った。

「これで嬢ちゃんは我輩のもの。さっそく宝物庫にしまっちゃおうかのう」
「ちょっと待ってよ、朔間さん! あんずちゃんはおれのでしょ。横取りはよくないよ〜!」
「……さすがに薫くんに預けるのは、嬢ちゃんがかわいそうなんじゃけど」
「勘弁して! それ目当てに嫌われる危険を冒して頑張ったんだよ!?」
「じゃがのう、嬢ちゃんの瞳はまだ濁っておらん」

 ずる賢い蛇のような目つき。

「なにか秘策を残しているのかえ?」

 あんずは静かに零の顔を見返した。ハートのボディペイントが彼をますます人外のように見せている。しかし、あんずは零の真実を知っていた。

「いいえ」
「では何故?」
「信じているから。零さんがこんなことをする理由を考えていたんです」

 紅玉色の目が丸まり、それはすぐ白手袋に隠された。零はだらしなくテーブルにひじをつくと深いため息を吐いたのだった。

「困ったのう。こうあどけなくては、悪いことができんのじゃけども――嬢ちゃんはまだ『Trickstar』の坊やたちを信じているかや?」
「はい」
「彼奴らは決して嬢ちゃんを迎えに来ぬよ。それでもよいと言うのかのう?」
「迎えに来てもらったら、ダメなんです。わたしが追いつかないといけないから。それに、みんなからはじゅうぶん助けてもらいました」

 零はあんずの言葉に目を細めた。その意味を正確に理解したからだ。

「惜しいのう。もしも最初に出会っていれば、嬢ちゃんはいまごろ『UNDEAD』の女神になっていたんじゃろうか」
「じゃあ……」
「早まるでない」

 零は不敵な笑みを浮かべて席を立った。

「我輩、嬢ちゃんを返すなんてひと言も言っておらん。あくまで、勝負は勝負。自由になりたいなら、我輩を倒すことじゃな」
「この吸血鬼ヤロ〜!」

 突然、零がいた家長席に短い鉄棒が突きささった。晃牙がケージを脱出し、あまりの怒りに肩を上下させている。ウサギ耳を地面に投げつけ、野生動物のように絶叫した。

「うがああああ! 殺す! ぜったいに殺してやる!」
「やれやれ。わんこが反抗期で困るわい。ご飯の量が少なかったのかのう」
「飯っつーか、あれ『カブトムシ用ゼリー』じゃね〜か! なんで昆虫ゼリーだよ!? 犬っころ扱いなら、『ドッグフード』じゃねえの!? もう意味わかんねえよ!」
「あ、それ入れたのおれ」

 薫が笑いながら手をあげた。

「生物室に落ちてたんだよ〜。わんちゃんなら食べると思ったんだけど……気に入らなかった?」
「くそ! まとめて殺す! 必ず殺す! おれはこいつの側につくぞ! けちょんけちょんにぶっ倒してやる!」

 晃牙があんずの腕を取って無理やり立ち上がらせた。零はそれを見て笑い、ケージのそばのアドニスに水を向けた。

「アドニスくんや。おぬしはどうする? わんこを逃がしたのが、『こたえ』でよいかの?」
「おれは……」

 彼は困った顔で零とあんずを見比べた。そして、ゆっくり首を振った。

「そうだな。おれも大神の意見に賛成だ。これは、朔間先輩らしくない……強引な策だと思う。もしかしたら、こうすることさえ、あなたの掌のうちかもしれない。だが、あえて踊ろう」
「あっ、朔間さん。おれもあんずちゃんの味方だから! あんたのせいで減った好感度を回復しなきゃいけないしね〜」
「はっ、どうだよ。吸血鬼!」

 晃牙が腰に手をあててえばった。

「三対一だぜ! 今日こそ年貢の納めどきだコラァ!」
「若い子は元気じゃのう〜。我輩、さっきのライブでちょっと疲れてるんじゃけど……仕方ないの」

 彼は肩をすくめて、長テーブルを指さした。

「嬢ちゃんを座らせておあげ。そこが『プロデューサー』の特等席じゃよ」

 そして、二度目の幕があがったのだった。