ぼくらのミッドナイト・パレード戦争act 08

 屋上の扉を開け、あんずは思わず息をのんだ。
 電飾で色鮮やかに輝く植木やいつの間にか備え付けられた巨大スクリーンに驚いたわけではなかった。庭園への道を阻むように『Trickstar』が立っていたからだ。

――『Trickstar』に近づいちゃ危険です。

 あんずの脳裏に、ひなたの忠告が蘇った。しかし彼女は歩みを止めず、ゆっくりお互いの距離を縮めて行った。ようやく明かりに照らされた彼らの表情が見えて来た。

 スバルも北斗もこわばった顔で、『何か』を覚悟しているようだった。
 あんずは彼らの前に進み出ると、一瞬ののち、『Trickstar』を抱きしめた。

「ただいま!」

 まず、スバルが強い力であんずを抱き返し、つんのめった二人を真と北斗が支えた。それでも間に合わず真緒が手を伸ばしたが、結局、全員で屋上のタイルに倒れてしまった。

「おかえり、あんず!」
「わ〜ん! あんずちゃんが無事でよかったよ〜!」
「だから言ったろう。彼女は必ずここに来ると」
「おいおい。お前ら全員で話しかけんな」

 真緒があきれ顔でスバルを引き離した。

「『ミッドナイト・パレード』はまだ終わってない。あんずには、最後の大仕事が残ってる……だろ?」

 彼の視線は、尖塔の釣り鐘を示していた。そこで、あんずは少年たちに見守られながら階段を上り、力いっぱい打ち鳴らした。

 ドリフェスの終了を告げるにしては、間抜け過ぎる音だ。向かいの屋上に人影が立ち、やがて、彼の姿はスクリーンに大きく映し出された。白いユニット衣装に、トレードマークの穏やかな笑み。

「おつかれさま。ようやく、優勝者が決まったようだね」

 スクリーンの中で、『皇帝』天祥院英智がにっこりほほ笑んだ。

「では早速『パレード』できみが得た『こたえ』を教えてほしい。叶うなら、それがぼくの望んだ形だとうれしいのだけど」
「――わたしは『プロデューサー』でいます。いままでも、そして、これからもずっと……」
「つまり、馴染み深い『Trickstar』には加わらないんだね。それも当然かな。ここまできみを導き、支えてきたユニットに彼らはいない」

 北斗たちが悔しそうに目をそらした。

「いいえ」

 あんずはできるだけはっきりした声でこたえた。

「みんなは助けてくれました」
「いつ? そういう報告はもらってないよ」
「わかりにくかったけど、よく考えたら気づいたんです」
「そう……」
「英智さん!」

 ポケットを握りしめ、大声でさけんだ。

「一人は、悲しいものではありません。いつか誰かの隣りに立つとき、温もりを教えてくれる。孤独を恐れ、一人の過ごし方を知らない人は、誰といてもさみしいままです」
「きみは強いね。脱帽するよ」

 英智は自分の心の奥底をのぞきこむように瞑目した。彼らしくない懺悔の仕草だ。しかし、弱さをさらけ出したのはほんのわずかな時間で、次の瞬間には不遜な『皇帝』が君臨していた。

「これにて、『ミッドナイト・パレード』を終了する。勝者は――プロデューサー科のあんずちゃんだね。さて、望みはなんだろう。生徒会の権限によって叶えられる範囲のものは、なんでも言って。無論、ぼくの座も賞品の対象だよ」

 背後で敬人が絶叫する声が響いたが、彼はそれを無視した。

「みんなをまとめられるのは、英智さんだけです」
「そうかい? ぼくも『自由』を味わってみたかったんだけどな。では、なにを望む?」
「『パレード』の……引き抜きを無効にしてください」
「恨まれるよ」

 あんずはスクリーンの英知を真っ直ぐにらんだ。

「構いません」
「心配いらないよ! だって、おれたちが守るからね!」

 スバルが後ろからあんずを力いっぱい抱きしめた。のけぞった二人を真緒があわてて横から支えた。

「おいスバル、邪魔をするなって! いま会長と大事な話しをしてるだろうが!」
「でもさ〜、せっかく再会できたってのに全然しゃべれないんだもん! あんずはおれたちの女神さまでしょ。いじめるやつがいたら、やっつけてやる!」
「あのなあ……」

 真緒はなおも注意を続けようとしたが、考え直したのかスクリーンのほうへ向き直った。

「すみません会長。こいつの願いを叶えてくれませんか? あんずのことは……『Trickstar』(おれたち)に任せて下さい」
「ああ。専属じゃなくても、おれたちの『プロデューサー』には変わりないからな。だろう、遊木?」
「あっ、当たり前だよ! みんなの言う通り! あんずちゃんはぼくが……じゃなくて!ぼくたちが守る!」

 五人から視線を受け、英智が不快そうに眉をひそめた。

「またぼくが悪役っぽいなあ。とても心外だよ」

 対面する屋上で、大事な少女を守るように――囲うように少年たちが威嚇していた。

 青白い電飾が彼らを照らし、舞台の一場面のように見せている。英智も『舞台』に上がっているつもりだが、それほど熱中していなかったので彼らの危うさをよく理解していた。

「仕方ありません英智。古今東西、先行く者は後進にたたかれる運命なのですよ。それが理想の形であればあるほどね……」
「きみが世辞を言うなんて珍しいね」

 英智は風になびく髪を押さえた。

「ねえ、渉。ぼくにはわかるんだ。あそこに、学院に仮初の平穏をもたらした女神が――少なくともそう謳われる少女がいる。だが、神は恵みばかりもたらすわけではない。荒れ狂い、破壊しつくすのも神の一面さ。いつか彼女を目に嵐が起こるよ。そのときまた夢ノ咲は混沌と狂乱の日々に戻るのだろう」
「そして、再びあなたが討伐するのですか?」
「まだぼくが存在していたらね。もちろん、そのとき、ぼくらは共に彼らの夢を貪るんだよ」
「ええ」

 渉は彼の『皇帝』の前にひざまずいた。

「あなたの覇道を最期まで見届けると決めました。共に地獄へ物見遊山に出かけましょう」

 長い銀髪が赤やオレンジのライトを浴びて、不思議な色合いに染まっていた。英智はすっかり観客の気分になっていたが、ここもまた『舞台』のうえだったことを思い出した。

 そして、渉の『演技』を気に入り、彼に相応しい『皇帝』の仮面をつけたのだった。

「きみの願いを叶えよう!」

 足元に道化を侍らせたまま、英智は遠く小柄な少女へさけんだ。

「これからも、きみはプロデューサー科のひとりの少女として扱われる。その代わり、学院で一人ぼっちだ」

 もどかしくなって、マイクを床に投げ捨てた。

「きみにその覚悟はあるかい?」
「はい!」

 彼女も同様、声を張り上げて英智の問いにこたえてくれた。

(ありがとう。きみはきみの運命を知らぬまま、台風の目になろうとしている)
(いつか、きみたちが成し遂げた革命に反逆する者たちが現れるだろう)
(そのときは、きみも一緒に来てもらうよ)

――ようこそ、地獄へ


 あんずは、釣り鐘の下に腰かけ、夜空に咲く鮮やかな花火を見上げていた。

 上段には北斗と真緒、隣りのスバルが寄り掛かって来て、下段では真が足を伸ばしていた。彼らはあんずを中心にぴったり寄り添い、まるでひとつの家族のように見えた。

「きれいだな」

 北斗が小さな声でつぶやいた。

「そうだね。みんなで行った夏祭りを思い出すかも」
「あのときは、あんずと真がはぐれて大変だったよな〜。鉢合せた守沢部長があんずの名前を絶叫して歩くし、ほんと他人のフリしたかった」
「ああ、あれね〜! おれ未だに疑ってるんだけどさ、ウッキーわざとはぐれたんじゃない?」
「なるほど。あんずと二人きりになりたかったのか」
「うわっ、ちがうからねあんずちゃん! ご、誤解だから〜!」

 あんずは遊木のあわてぶりに思わず笑ってしまった。そしてようやく自分が『帰って』来たことを実感した。他の四人も同じことを感じたのか、温かい沈黙が落ちた。

「あんずが戻ってきてよかったよ。きみがいない間、不安だったもん。『Trickstar』(みんな)、ちょっとピリピリしてたし……」
「そうだな。とくに真はキャラぶれが激しかった」
「キャラぶれってなに!? あんずちゃんが心配だっただけだよ!?」

 彼はこちらと目が合うと真っ赤になってうつむいた。

「え〜と、その。ちょっと気になってたんだけどさ……どうして、ぼくらが協力したってわかったの?」

 悔やむようなため息。

「事情があって、表だって手伝えなかったんだ。もしかしたら、嫌われちゃったと思ってた」
「わかるよ」

 あんずは真の頬に触れ、しっかり目を合わせた。

「だって、真くんがイントラをいじってくれたんだよね。放送部の人が情報戦に強いとは聞いたけど、機械分野は真くんだもん。それに、あのとき泉さんがタイミングよく現れたのも……」
「あんず〜。そろそろ真がのぼせるから、手を離してやれ」
「あれっ? 真くん!?」

 真が無言でひざに顔をうずめた。彼がさかんに首を振るので、続きは真緒が引き取った。

「そうだな。おれたちも屋上に来るやつらをちぎっては投げちぎっては投げ……とかやってたけど、一番働いたのは真だぜ。おれはあんまり動いてバレたら、あんずのためにならないって止めてたんだけどな〜。もしかしたらこいつ、そこまで狙って……?」

 空恐ろしげな視線。

「とにかく、会長に言われたんだよ。お前の立ち位置をはっきりさせるいい機会だって。いままではなし崩し、『Trickstar』所属です――みたいな扱いだったけど、お前はもう色んなユニットをプロデュースしてるだろ。今後もそうする予定なら、『ちゃんと』宣言すべきだ」
「ああ。だから周りに知られては不味かった。プロデューサーはやはり『Trickstar』のものだと誤解を招くからな」
「実はさ〜、おれ、『本当』にしちゃってもいいと思ったんだよね」

 スバルが花火を見上げながら告白した。

「だって、おれたちが最初に見つけたんだよ! 悩んで、特訓して、革命を起こして……ずっと一緒だったんだ。だったらもう同じユニットでいいじゃん! 仲間だろ!」
「明星……」
「わかってるよホッケ〜。これは、おれのワガママだよね。あんずを一番に考えるなら、こんなこと願っちゃダメだったんだ」

 彼は悲しげに首を振った。

「ごめんなさい」
「いや……それはおれも同じだ。派手に動く遊木を止めなかったのは、心のどこかで『そう』なるのを期待していたからだ。すまん、あんず」
「スバルと真はともかく北斗まで……」

 真緒は半眼で彼らを見回し、深く息を吐いた。

「まあ……それに関しちゃおれも同類だ。『パレード』でお前がどっかのユニット所属になってたりしたら、問答無用で取り返しに行こうと思ってたしな――それがもし、お前の望んだ結果でも」
「うわっ、サリ〜が一番鬼畜じゃん! このオニ! アクマ!」
「お前に言われたくないんだけど〜!?」

 しかし、二人はあんずの視線に気づくと小突き合うのをやめ、悄然と目を伏せた。

「だから、おれも……悪かったな」

 あんずは勢いよく首を振った。実際、彼らを怒るなんてとんでもなかった。むしろ、自分を想ってくれる言葉がうれしくて仕方なかった。

 あんずがただの少女なら、間違いなく彼らを選んでいた。しかし、あんずはもうただの少女ではない。一人の『プロデューサー』だった。このとき初めて、本当の意味で零の忠告を理解した気がした。

「ごめんなさい……」

 それは複雑な意味を持つ謝罪だったが、北斗はそれを表面的な意味で受け取った。

「謝る必要はない。おれはお前の判断を誇りに思う」
「うんうん。ぼくも感動しちゃったよ〜」
「あの『皇帝』にぎゃふんと言わせたもんね〜!」
「ああ。専属プロデューサーじゃなくても、あんずはおれたちの仲間だ」

 四人が押し合うようにしてあんずを抱きしめた。

「改めて――おかえり、あんず」
「うん……」

 彼女は北斗の肩に額をすり寄せ、ささやいた。

「ただいま。みんな」

 しばらくの間、『Trickstar』とプロデューサーはお互いの愛情をわけ与えるように触れあっていた。しかし、ひざに頭を乗せていた真が出し抜けに尋ねた。

「そういえばさ、あんずちゃん。『パレード』の間、いくつのユニットに勧誘された?」
「あっ、それおれも気になる〜! ち〜ちゃん先輩はぜったい誘ってるでしょ!」
「朔間先輩の『UNDEAD』も怪しいと思う。実際、一度勧誘していたしな」

 あんずは彼らのことを思いだし、悩んだ結果、静かに首を振った。

「なら、いいんだけど。そういうユニットがあったら教えてね。しっかりメモしておくから」
「おいおい。真が暗黒面に落ちかけてるぞ」

 彼らは再び楽しそうにじゃれあい始めた。
 それは零が予想した通り、恋を知らないバンビの光景だ。いつか、彼らの平穏が崩れる日がやってくるかもしれない。しかし、それは決して『現在』ではなかった。

 頭上の花火が、物語の幸せな終わりを祝福するようにいつまでも咲き乱れている。