モノノ アハレact 003

 今朝の献立は、豆腐とネギのみそ汁。ナスとキュウリの浅漬け。鯵の開きに、お茶碗いっぱいの白いご飯。
 鶴丸はいかにもしぶしぶみそ汁をすすり、目を丸くした。震える箸でネギを口に放りこんで、それからものすごい早さで食卓を制覇していった。

「おかわり」

 鶴丸がそっぽを向きながら、お茶碗を差し出した。もう三杯目だ。余程お腹が減っていたか、審神者の料理が気に入ったか、その両方かに違いない。彼女は上機嫌で、ご飯を大盛りによそってやった。

「きみは、だれに料理を習ったんだ?」

 美しい箸使いで鯵の身をほぐしつつ、鶴丸が尋ねた。

「お姉ちゃんだよ。お姉ちゃんは本当に料理が上手くて、まだ足元にも及ばないんだ」
「ふうん」

 彼は興味なさげにうなずいた。

「それより、本丸のみんなはいつも何時くらいに起きるの?」
「さあな。全員バラバラだから、おれは知らない」
「つまり、一緒にご飯を食べないってこと?」
「そういうこと」

 鶴丸はそっけなくうなずいた。料理の腕前が認められたのか、鶴丸は一応少女を“あるもの”として扱ってくれるらしい。大きな進歩だと彼女は密かにガッツポーズをした。

 しかし――と、彼は相変わらず冷ややかな声で続けた。

「主がいた頃はちがった。皆で同じ時刻に食卓を囲み、子どもみたいにふざけ合った。おれたちは刀だが、まるでひとの家族のようだった。だが、主が死んで……家族はバラバラさ。それでも、おれたちはまだ彼女の刀だ」
「気持ちは、痛いほどわかるよ」

 少女は拳を強く握った。

「でも新しい審神者を迎えなければ、みんな刀解されるんだよ!」
「おれは構わない」

 審神者は咄嗟に反論しようとして、鶴丸の口調に小さな違和感を覚えた。不思議と彼が前日より覇気を失くしている気がしたのだ。まるで自分に言い聞かせているような雰囲気だった。

「とにかく、きみは早く現世にかえれ――怖ろしい目に合わないうちに」
「それは、困りますねえ」

 いつの間にか、歌舞伎化粧をした小ギツネが長テーブルに座っていた。

「おはようございます。よい朝ですね。主さま、鶴丸殿」


「こんのすけ……」

 少女は鶴丸を庇うように前に出た。まずいことを聞かれてしまった。しかし、彼女は胸を張り何も問題はないというフリをした。

「いまの発言は重要なポイントですね。後ほど、委員会にご報告しましょう」
「その必要はないと思うな」
「何故でしょう。主さま」

 こんのすけが首を傾げた。

「だって、本丸を残すかどうか査察が来るのは一週間後でしょ。いまはまだ研修期間で、ええと――相互理解の途中だから」
「相互理解ねえ」

 甘ったるいココアのような声。

「主さま。率直に申しますが、審神者が亡くなった場合、彼らに仕えた刀剣男士は刀解するのが通例です。三人の審神者の派遣など慣例にすぎません。そもそも、あなたのようにフレッシュな人材を引き継ぎに回すこと自体、あり得ないことです」
「ならさっさと引き取ってくれ」

 こんのすけが無機質な視線を鶴丸に向けた。

「それはできません。この本丸に『彼女』を派遣してほしいと匿名で投書がありました。我々は彼の希望に沿う必要があります」
「投書?」
「ええ」
「いったい誰が?」
「その情報の開示は許可されていません。とはいえ、この措置には本丸譲渡書ほどの強制力はない。前任者がだれかに譲っていれば、いまのような事態を避けることができたのに……」

 こんのすけは少女を見上げ、すねに身体をすり寄せた。

「考えてみてください。新しい審神者には通常、寄り憑しを変え、新しい刀剣男士を勧請奉ります。いいですか? あなただけの言うことをきく、あなただけの刀剣男士ですよ」
「いいね」
「そうでしょう。では彼らはさっそく廃棄――おっと、間違えた――刀解いたしましょう」
「それは、イヤ」

 彼女はこんのすけから一歩離れた。

「わがままを言ってごめんなさい。でも、本丸のみんなを刀解させたくないの。一週間、猶予をちょうだい。その間に、彼らを説得するから」
「何故それほど庇うのです? 確かに前審神者は刀剣たちに好かれる性質だった。しかし反面、理力が低く体力でそれを補っていた。いいですか? あなたはいま、進んで前任の癌を引き継ごうとしているのですよ」
「あの人は癌なんかじゃない」
「いいえ」

 こんのすけはあっさり言うと、けずくろいするように後ろ肢で首元を掻いた。

「身体と理力が弱く、たいした戦績も残していない。はっきり申しますと、彼女は審神者失格です」
「そんな風に言わないで!」

 少女が大声で遮った。そして、そんな自分を恥じるように目をそらした。

「お願いだから、あの人を悪く言わないで」
「――ええ。どうやら言葉が過ぎたようです。申し訳ありません、主さま」
「わたしこそ、ごめんなさい」
「それでは当初の予定通り、研修期間を一週間設けます。期間終了後、本丸の引継ぎについて視察が参りますので、それまで本丸一丸となり、よく備えてください。わたしからの連絡は以上です」

 こんのすけはハ虫類のような視線を二人に向け、出窓のふちに飛び乗った。しかしすぐ出て行こうとはせず、鶴丸のほうを向いた。

「鶴丸殿」
「なんだ?」
「刀剣三原則をお忘れなく。“審神者のものを奪えば罰が当た”ります」

 そして、今度こそ窓から飛び出していった。

――気づまりな沈黙。

 審神者は無表情の鶴丸をこっそりうかがった。彼はきっと自分を質問攻めするにちがいないと考えたからだった。とくに隠しているわけでもなかったが、実際こたえるのは少し恥ずかしい。

 ようやく、鶴丸が立ち上がり、「ごちそうさま」何ごともなかったように広間を出て行ってしまった。

(つまり――つまり、なんとも思わなかったってこと!?)

 少女は不思議な脱力感に襲われ、へなへな椅子にもたれかかった。二人の関係をどう打ち明けるか悩んだ時間はなんだったのだろう!

 ふいに笑いの衝動がこみあげて来て、彼女は声をあげて笑った。あんまり面白かったので、途中で絨毯のうえにひっくり返ったほどだ。

 オレンジ色のランプを見上げながら、懐から擦り切れた写真を取り出した。二人の女の子が、赤レンガの洋館を背にはしゃいでいる。ひと差し指が、愛おしそうに白いワンピースの少女をなでた。

「お姉ちゃんは間違ってるよ。聞いていたより、鶴丸さんはずっと鈍感だと思うな」

 しかし、その言葉は結局だれにも届かずに消えてしまった。


 その晩、少女はベッドのうえにあぐらをかいて、広間から持ってきたアルバムをめくっていた。

 本当は別のものを探していたのだが、姉の部屋は沖田組が籠城して入れてもらえなかったのだ。しかし、このアルバムも興味深かった。姉と刀剣たちの知らない日常が垣間見えた。

 スイカにかぶりつきながら笑う沖田組と姉。サンルームで、将棋を打つ鶴丸と三日月。姉は三日月の肩ごしに盤を覗きこんでいる。
 薫衣草畑で笑っている姉。三日月が幸福そうな顔で寄り添っている。二人はまるで初々しい恋人同士のような雰囲気だった。

 審神者はその写真をできるだけ見ないようにしながら、またページを繰った。そして、目を丸くした。

 次のページにもたくさん写真が貼ってあるのだが、左下に不自然なすき間が空いている。写真よりひと回り大きな空白。少女は急いで他のページも確認した。やはり、何ページかごとに“抜け”が存在するのだった。

(もともと、ここになにか貼ってあったってこと?)

 審神者はしばらくその空白に触れていたが、急に立ち上がって部屋のすみのボストンバッグから絵葉書を取ってきた。

「やっぱり……!」

 少女は小さな歓声をあげた。
 アルバムの空白は、自分が持っている葉書とぴったり重なったのだ。つまり、ここには審神者が姉に宛てた手紙がしまわれていたことになる。同じページの写真を確認すると、やはり手紙を送ったのと同じ時期だった。

「じゃあ『だれが』『何のために』わたしの葉書を剥がしたんだろう」

 と、あごに手をあてたとき、階上でなにかをこじ開けるような鈍い音が響いた。そして次の瞬間、開けっ放しの出窓から黒い高下駄が飛びこんできたのだった。

「なかなか、驚きの登場だろ」

 軽やかな身のこなしで着地した鶴丸が、誇らしげに胸を張った。

「腰が抜けると思った……」
「それは重畳。仕返し成功だな」
「仕返し? わたし鶴丸さんを驚かせた覚えなんてないよ!」
「いいや」

 鶴丸が冷ややかな目で審神者を見下ろした。

「きみ、彼女と姉妹なんだろう――なにを企んでる?」

 黄金色の瞳が炎のように燃えている。

 彼は、この本丸を――姉を本当に大切に思っているのだ。もし自分が姉のものを損ねるつもりなら、何だってするだろう。審神者はそう気づいて、鶴丸が一気に好きになった。

「わかった」

 少女は彼を見上げてしっかりうなずいた。

「ちゃんと説明する。ただ、少し長くなるから、お茶を飲みながら話そう」